蛍光ピンクは風に揺れる
ぼくは小学5年生の時に牛乳をこぼしたことがある。
誰だってあるだろう、牛乳をこぼしたことなんて。
でもあれは事件だった。あの日、ぼくは犯罪者になった。
当時のぼくは今より責任感がつよく、今より純粋で、今よりもさらにアホだった。
優等生の性格の良いアホだった。あとチビガリだった。
ぼくの小学校には給食があり当番制で配給をしていた。
その中に牛乳配り係もあった。
給食室から牛乳を取ってきて、トレイに入った紙パックの牛乳をクラスの全員の席に配る、一番楽な当たり係だ。
その日、ぼくは給食当番であることを忘れていた。
トイレに行こうとしたところを友達に捕まり、当番であることを指摘され
急いで牛乳を取りに行った。
責任感が無駄に強いぼくはトイレよりもみんなの牛乳を優先した。
(牛乳、牛乳・・・牛乳・・急いで牛乳・・)
もう頭には牛乳のことしかない。アホだから。
3階の教室から1階の給食室へ行き牛乳を取ってきた。
教室へ戻ったころには配膳がほぼ終わっており、ほとんどのクラスメイトはもう席について牛乳を待っている。
ぼくは焦った。
(早く牛乳を配らないと!!みんながぼくをまっている!)
急いで牛乳を配る。
クラスメイトは口々いう「牛乳はやくー!」「まだー?」
ぼくの焦りはピークになった。
その時である。
ぼくは叫んだ。
「あぁぁ~~~!!!!牛乳がこぼれたぁぁ!!!!あぁ~~牛乳がぁぁ!!!」
は?
紙パックの牛乳はこぼれるわけがない。
クラスメイトは皆「?」「は?」「???」である。
ぼくは牛乳ではなく、おしっこをこぼしていた。
小学5年生、10歳のぼくは、教室でお漏らしした。
頭は牛乳ばりに真っ白である。思考が停止する。走馬燈が走った。
流れ出るおしっこがスローモーションに見える、これなら誤魔化せる。
いけると思った。
続けてぼくは叫ぶ「あぁぁ~~~牛乳がこぼれたぁぁあ!!!!たすけてぇ!!!!」
まだ言う。
当時から天才だったぼくはあくまでも牛乳がこぼれたんだと言い張った。いや、言い切った。
純粋培養のアホがそこにいた。
ぼくは叫んでいる、クラス中の視線がぼくに集まっている。
ぼくはおしっこを隠すために牛乳パックを股間に落とした。
でも牛乳はこぼれない。紙パックだから。
バレていた、クラス中が確信していた。
こぼれているのは「おしっこ」だと。
そこからは阿鼻叫喚、地獄絵図だ。
キャーキャー叫びだす女子。
放尿を見に来る野次馬男子。
おしっこに染まる牛乳パック。
叫ぶぼく「牛乳がぁぁ!!!!!!!」
まだ言う。
クラスのイケメン、ゆうすけ君も近くにいた。
その時、ゆうすけ君はぼくが落とした牛乳パックを踏みつけた。
おしっこが白に染まる。
ゆうすけ君は機転を利かせたのだ。その場をごまかし、ぼくを保健室まで連れ出した。
ぼくはゆうすけ君に助けられた。
しかも、ゆうすけ君は保健室でぼくを励ましてくれた。
「俺も1年生の時にしたことあるから大丈夫だよ、気にすんなって。」
ゆうすけ君は本当に優しかった。真のイケメンだ。
でもね、大丈夫じゃないの、ぼくらはもう5年生なんだ・・・ゆうすけ君。
小学校の保健室は気が利いていて、お漏らし犯罪者用にズボンの貸し出しを行っていた。
問題があった、ぼくはチビガリだったのでズボンのウエストが大きすぎた
どれを履いてもずり落ちる。
結果、保健室の先生は蛍光ピンクのビニール紐を持ち出してベルトの代わりに僕の腰に巻いた。
昼休み、ぼくは教室に戻った。
腰から犯罪者の証である蛍光ピンクのビニール紐をぶら下げて。
正直怖かった。
「牛乳を返せ!」「牛乳におしっこ掛けやがって!!!」「牛乳!」「牛乳野郎!」「牛乳!」
そういう言葉が飛んでくると思っていた。
でも、ぼくのクラスメイトはみんな優しかった。
誰も何も言ってこなかった。
そう、その日は誰もぼくと口をきいてくれなかった・・・。
ぼくは犯罪者の証を風に揺らしながら5キロある通学路をトボトボ歩いて帰った。
目からいっぱいのおしっこを漏らしながら。
ぼくは小学5年生の時に牛乳(おしっこ)をこぼしたことがある。
誰だってあるだろう、牛乳(おしっこ)をこぼしたことなんて。